偽Perfume

プラトン『メノン』想起説⑦結局思い出したものは何か

『メノン』の想起説が何とか掴めたところで、気になっていた疑問に再挑戦してみました。

思い出すのは何か

想起説最大の引っかかりポイントは、「魂は全てを経験しているから、知らないことは何も無い」が絶対に不可能に思えたところ。

真っ先に思い浮かんだのが、これから起こることをどうして知ることができるのかということ。

例えば、ソクラテスの時代にはまだ存在していないかしゆかのことを知るなんてことが、魂が不死であるというだけで可能なのか。

「かしゆかの髪の色」を、ソクラテスの魂が知っているなんてことがありえるでしょうか?

『メノン』”想起”を考える②想起の対象が知識なんてありえない

いや、絶対にありえません。

この疑問を解消するために、僕は想起説を魂の不死からDNAの不死に読み替えることをしました。

前提:人間のDNAは不死
前提から導かれる予想:DNAは何世代もの淘汰を経て生存に必要な全ての能力を発現できる
結論:分からないことに対しては、もともと備わった能力の一つ「理性」を思い出すことで対処ができる

魂が知っているすべてのこと、そして想起の対象を知識ではなく「能力としての理性」というふうに読み替えました。

では、結局想起説を読み解いてみてどうだったか。

思い出したのはやっぱり、知識だったと思います。

幾何学の実例では面積8の正方形の一辺の長さを、かしゆかの髪の色では色の名前を思い出すことになった以上、これを能力としての理性などと言うことは残念ながらできません。

しかし、知識には違いないものの、知識全般ではないということも明らかです。

『メノン』を読む限り、想起が可能なのは、普遍が関与する場合に限られます。
普遍が関与しない場合は語られていません。

正方形の一辺の長さは正方形が持つ普遍的性質から、そしてかしゆかの髪の色は普遍的美を考えることで思い出すことができます。

プラトン『メノン』想起説⑥かしゆかの髪の色だって思い出せる

よって、想起される知識は、特に普遍から導かれるものに限る、と言って良いでしょう。

普遍を見いだす必要がありますから、その契機となる体験が不可欠となり、かしゆかがまだ存在していない時代の人間であるソクラテスがかしゆかを思い出すことは不可能である以前にそもそも想起説の対象外の事柄です。

ところで想起説の実例として提示された幾何学のやりとりでは、正解を想起するプロセスで論理的思考が働いていました。

同じ正方形であるのだから、正解となる図形も正方形としての性質を満たさなければならない、そしてこの条件から仮説が正しいか間違っているかを検証しました。

普遍という枠組みを用いて知識を導く場合、このような論理的な思考、つまり理性が働く必要があります。

よって、想起される対象は「普遍から理性によって導かれる知識」だと言えます。

デカルトやカントに引き継がれたテーマ

こうすると、一般的な想起との違いが際立ちます。

普通何かを思い出す、という場合は理性によらない場合もありますから、「記憶から理性あるいは偶然によって導かれる知識」だと言えます。

となると、次に気になるのは、普遍と記憶の関係だとか、普遍はどこから導かれるのか、という部分になるかと思いますが、『メノン』ではそれは語られていないので何とも言えません。

また、普遍から知識を導く理性自体が一体どういうものであるか、ということと、理性によって導かれる知識は妥当なのか、といった問題も特に触れられていませんが、想起説を完全なものにするためには解決しなくてはならないと思います。

プラトン自身が別のところで解決しているに違いありませんが・・・

これって、西洋哲学のメインテーマの一つに連なっていると思います。

デカルトの『方法序説』の1行目で言われていた「良識は万人に備わるもの」というところの良識はいわゆる良識とは違って理性のことを言っていたのだと考えたら納得がいきますし(とはいえ僕は1行目で挫折して結局読んではいないのでそれ以上のことは言えません(^ー^;)、カントの『純粋理性批判』なんて、タイトルからしてまさに共通したテーマ設定を感じます(僕は純理を読んでないのでこれ以上のことは言えません(^ー^;)。

プラトンが西洋哲学の源流と言われるわけがちょっと分かった気がしました。

次に読みたい一冊

以上で、かしゆかお預けタイムを使っての哲学タイムも無事終了です(^ー^)

息子も寝静まったところですし、心ゆくまで「いじわるなハロー」でかしゆかにボッコボコに蹴り飛ばされてきます。

「シティ」のガーリーなかわいいパンチも捨てがたいので、せっかくだから「シティ」も。

それが終わって、また空き時間が出来たらそのときは・・・

またプラトンを研究してみます(^ー^)

『方法序説』や『純理』も気になりますが、読めたという体験が味わえたプラトンをもうちょっと読み込みたいです。

ただ、次の研究に使う一冊は、出来れば初期から選びたい(^ー^;

想起説とか、イデア論とか、今回挑戦してみたもののやっぱりまだ僕には難しかったです。

それよりは言葉に注意して時に立ち止まりしっかり読み込むことで一つ一つ理解していくというトレーニングを、ソクラテスに付き従ってやっていきたい。

それならプラトン独自の思想が入る前の初期がうってつけです。

そんなわけで、僕が次に選んだのは初期の中でも文庫化されているもので、なおかつ『メノン』と同じテーマである「徳は教えられるか」が出てくる『プロタゴラス』です。

安心の藤澤さんの訳があり、なおかつ最新の光文社版もあるというところも『メノン』と全く同じです。
さらには分量も同じくらい、とまさしく『メノン』の次にうってつけ!

プラトンを読んでみようというと、何はともあれイデア論が出てくる『国家』や『パイドン』に手を出す人が多いと思いますが、出来の悪い自覚のある僕は、『メノン』から『プロタゴラス』に進んで、トレーニングを積んでみてからの方が無難かなって思いました。

それともう一つ、One more thing。

読解の助けとしての幾何学

『メノン』では、幾何学のやり方が幾何学以外でも通用する可能性が示唆されていました。

そこで改めて幾何学に取り組んでみるというのも、トレーニングになりそうです。

僕は趣味で高校への数学シリーズの本をネチネチやっていたのですが、そこで紹介されていた幾何学の本を読んでみることにしました。

今更幾何学の定理を覚えることに意味を感じはしませんが、定理を導いていくやり方、考え方を徹底的に考えてみると言う経験をソクラテスというかプラトンは推奨しているように思えたからです。

育児の合間にやる趣味として、プラトンと幾何学(^ー^;

何の役に立つとかではなくて、単純に分かることの面白さを味わうために(^ー^)

じゃ、かしゆかに蹴り飛ばされてきます。

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