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ネタバレありの"ドグラ・マグラ"レポ

今から、ネタバレありでドグラ・マグラ(青空文庫で読めます)についてレビューします。

かしゆかへの誓い

レビューするにあたって最初に言っておきます。

僕自身が狂ってるさまを暗に示すようなセコい真似は、愛するかしゆかの名にかけてしません。

ご安心ください。

読みたくなかった本

精神に異常を来すような体験なんて勘弁だと思っていた僕にとって、精神を蝕む言われているドグラ・マグラは敬遠せざるをえない存在でした。

僕は幽霊否定派なんですけど、人間の脳が全力を出せば幽霊が見えたり古代の記憶やらがよみがえっても何ら不思議はないと思っています。

けれども、普段強制スリープ状態に置いている脳のパーツを下手に刺激するのは、建設的な読書体験とは言えないでしょう。

名前は知ってるけど生涯読むことはあるまいというのがドグラ・マグラ。でした。

そんな僕がひょんなことから、夢野久作の別作品を読んだことでちょっと読み始めてみたところどっぷりハマってしまったから分からないものです。

世間の批評

ウィキペディアの記事に次のような記述があります。

その常軌を逸した作風から一代の奇書と評価されており、本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たす、と称されている1

“1.角川文庫版の裏表紙の文章より。なお、横溝正史は1977年に小林信彦との対談で、対談のために読み返して気分がヘンになり夜中に暴れたと述べており、同席した夫人も首肯している。”

また、ヤフー知恵袋やアンサイクロペディアはもうちょっと洒落てます。

息子が「ドグラ・マグラ」という本を持ってます

link:Yahoo!知恵袋

“本作の最大の特徴は常軌を逸した作風であり、発売時の帯には「本書を読破した者は精神に異常を来たす」とまで書かれている。しかしあくまで小説である・・”

link:アンサイクロペディア

いずれも、明らかに書いている人間が狂っているように見えます。
世に小説は数あれど、こんな事態になっているものはドグラマグラをおいて他に無いと思います。

確かに狂う?

これらの表現は行きすぎだとしても、僕も確かにこの本を読むと「狂う」ことになると断言します。

厳密には、狂っているということになる、といった感じですが。

何故か?

それはドグラ・マグラに魔術がかかっているからでは決してありません。

ここからが完全なネタバレですが、「精神の異常」というものが、実は人間にとってそんなに異常なことではない、ということがこの本では明らかにされるのです。
だから、読み終わったら、自分もある意味で狂っている、と認めざるを得ないことになる・・というからくりです。

狂気の境目

クレタ島のパラドックスはご存知でしょうか?

嘘つきのクレタ島人が、「私は嘘つきだ」と言ったらどうなるという話です。

もし”クレタ島人が嘘つき”であるのなら、
この発言=「私は嘘つきだ」は嘘→”クレタ島人は正直者”ということになり、前提と矛盾します。

もし”クレタ島人が正直者”なら、
この発言=「私は嘘つきだ」は正しい→”クレタ島人は嘘つき”となって、やっぱり前提と矛盾してしまうのです。

では質問です。

「私は狂っている」と言っている人は、狂っているでしょうか?

これが、ドグラ・マグラが導く狂気の世界ではないかというのが僕の考えです。

精神の異常とは、どういう状態を指すのでしょうか?
異常の無い精神とは、どういう状態を指すのでしょうか?

精神病の線引き

世に言う精神病というのは、精神の異常が体に悪影響を及ぼした場合を言うようです。
治療はその悪影響の緩和・除去であると言われます。

心療”内科”なんていう言葉にそうした事情は暗示されていると思います。

では、体に悪影響が出てなければ精神は健全であると言えるでしょうか?

これは、だいぶ微妙なことだと思います。

逆に、体に悪影響が出ているのなら精神は異常なのでしょうか?

近年になって明らかになってきた病気の一つに、パニック障害というのがあります。

これが着目されるのは、薬で治療できてしまうからのようです。
以下の本などを参考にされるとこの新しい病気の概要が掴めます。

パニックは精神の異常か

パニック障害というのは、何の変わったことも無いのに突如心臓がばくばくしたり冷や汗がダラダラ出たり、とても居ても立っても居られなくなってしまう(要するにパニックになる)のが主な症状です。

これは確かに異常といっていい気がします。

でも、上で紹介したブルーバックスなどを読めば分かりますが、このメカニズムは実は人間なら、というか動物なら恐らく誰しも持っているシステムなのです。

例えば、家に居て隣の家が火事だと分かったら、どうしますか?
焦っていわゆるパニックになりますよね?心拍は高まり冷や汗が出ることでしょう。

海で泳いでてサメに会ったら?
同じですよね。こんな危機的状態においては平常心で居る方が危険な場合もあります。

人間は危機に際して精神をパニック状態にスイッチすることで行動を促し、生存をはかるのです。

これは動物でもたぶん一緒です。ハムスターを飼ってる人は、彼らがピンチに陥ったと判断すると急激に暴れだすのを見たことがあるかと思います。

つまりパニック状態というのはシステム的には生きるのに必要不可欠なのです。

問題は、それが無制限に発動してしまう場合です。
だからそれを薬で抑える=安定化させることで治療が可能なのだとか。

これだけ聞くと、パニック障害は精神の異常なのか?!って気がしてきませんか?
むしろ、普通な精神がちょっと行きすぎた、ある種極端な個性みたいなものに近い気がしてきます。

防御機構が異常に働きすぎるアレルギーや、成長や生き残りに不可欠な細胞増殖機構に異常が起こる悪性腫瘍などと似ていて、人間である限り誰しもリスクを負っている疾患に思えます。

このように、精神が異常かどうかの線引きというのは思った以上に難しい問題です。

ドグラ・マグラのテーマ

舞台は精神病院で、突然叫び声を上げたり中世の記憶に振り回されたりと常軌を逸した人物も登場します。

でも、たぶんこの小説はそうした異常な人たちの異常な精神を描きたいのではありません。

基本となる主張は「人間の精神は誰しもどこかおかしい」だと思います。

だから、読んだ人が「自分は狂っている」と言い出したとしても、決して急におかしくなったのではなく、人間に関する新しい知見を得たのだくらいに思っておけばいいのです。

確かに特殊には違いありません。
前提事態が前代未聞ですし、夢野久作は技術にも長けた作家でこの小説ではいくつもの技巧を凝らした細工がちりばめられています。

でも危険だというよりは、一人の天才が作り出した稀代の傑作として読まれるべきだと僕は思います。

ドグラマグラの真価

そこでガラッと視点を変えます。

むしろそんな精神の異常にまつわることよりも、この小説に満ちる「人間の未来に対する無邪気な信頼の否定」こそがこの作品の醍醐味であるような気がします。

ちょっと前までには、人間社会の問題は人間の文明の発展で万事解決可能と信じられていた様に思います。

典型的にはドラえもんが示す未来です。
人類は文明や技術の発展によって様々な困難を解決できる、そういった信頼に基づいた未来だったと思います。

ドグラマグラは飄々と、こういった考え方がいずれ行き詰まるであろうことを見透かしています。

実際、公害問題であったり、新興感染症やガンなどの新しい病気の急増などによって、科学の進歩こそが新たな問題を生み出すということが認識され始めてからは無邪気に未来を信じる傾向は廃れていきました。

ドグラマグラは、そんな風な人間の知性の限界を確実に見抜いています。ですから時代を超えて読み続けられる価値を持っていると思います。

その他の注目ポイント

ほかに見逃せないのが「心理遺伝」というオリジナル概念の導入です。

こちらはサイエンスカテゴリに属する問題(実際はサイエンスではないと思うのですが…)だと思いますので、記事を改めます。
心理遺伝について

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