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『メノン』”想起”を考える②想起の対象が知識なんてありえない

というわけで、前回整理した『メノン』で示された想起説の問題点を考えてみます。

『メノン』版想起説への反例

一応想起説の概略を再掲します。

前提:魂は不死
導き出される予想:魂は膨大な経験を持っており全ての知識を備えていて知らないことは何一つない
結論:分からないことは忘れているだけ、思い出せばいい

想起説の前提である、魂の不死は現状で未解明のものですから、これが正しいかどうかは問わないこととします。

肉体が滅びても、魂は死なないで新たに生まれた生命に宿って生を繰り返すということは認めます。

では、次にそこから導かれた予想「魂は全てを経験しているから、知らないことは何も無い」を考えます。

これはそのまま文字通り受け取る限りはどう考えても間違いです。

例えば。

「かしゆかの髪の色」を、ソクラテスの魂が知っているなんてことがありえるでしょうか?

いくら魂が不死だとはいえ、まだ出会っていないことを知ることは不可能でしょう。

また、何度も生まれかわったからといって、真理にたどり付けるという保証はどこにもありません。

人間は間違うものだといいますが、間違いを間違いと訂正できずにそのままになってしまうことはよくあることです。

無限に近い回数で人生を繰り返せば、間違いが訂正される可能性は高まりますが、間違いが全てなくなると言い切れるでしょうか。

以上より、想起説が必要とする「魂が知らないことは何ひとつない」が正しいとは言いがたいです。

温情措置

僕はこれで完全に論破できていると思いましたが、引っかかることもあります。

それは、前回の記事で示したように、想起説が目的としていた「分からないことを、分からない人間が探求すること、及びその結果として正解にたどり着くことは可能」であることの証明は依然として必要であるということです。

そこで、「魂が知らないことは何ひとつない」を、文言通りに受け取らないで別の真意があるのではないかと考えてみました。

つまり、ここで「魂が知っていること」というのはいわゆる「知識」のことではない、という予想です。

というか、知識を全て知っているなんてことはそもそもありえないと思うのです。

何ならありえるのかはすぐには分かりませんが、とりあえず「知識」以外の何かに違いありません。

もちろん、普通は「知っている」という表現で表される対象は「知識」のはずですし、想起する対象も「知識」のはずです。

でも、これがありえない以上他の可能性を探るしかありません。

他の可能性を探る場合、取りあえず不問にした「魂の不死」ももっと現実的にありそうなものに置き換えたくなります。

そこで僕は理系の人間なので、想起説を次のように読み替えてこの問題の解決をはかりました。

 

前提:不滅の魂=不滅のDNA

DNAは個体が死んでも、生殖に成功していれば部分的に次世代に伝達されます。

今僕たちが持っているDNAは、かつてどこかで生きていた人間のDNAからできています。

なので、集団として見た場合「人間のDNA」は人間が存在し続ける限りは不滅です。

そこで普通の意味での不滅とは違いますが、想起説の「魂」を「DNA」に置き換えてみるというのも可能性としてはありだと思います。

予想:全ての知識=多様な能力

さて、不滅のものが魂からDNAに置き換わることで、続く予想の部分の意味合いも変わってきます。

DNAはタンパク質のアミノ酸配列をコードしていますが、これは普通知識とは言われません。

タンパク質が様々な機能をもつことで、生命体は様々な能力を発揮します。
目的は生きることですから、これは生きるための能力と言えるでしょう。

なので、DNAは生きるために必要な能力を発現することができる、と表現できるでしょう。

魂が何度も生まれかわることで経験を積むように、DNAは幾世代も経ることにより、選別されてより生存に適するように変貌します。

これを加味し、DNAは何世代もの淘汰を経て生存に必要な全ての能力を発現できる、と言うことができるでしょう。

結論:思い出すのは知識ではなく

人間が思い出せるのは、DNAにインプットされた情報が発現することによって発揮される「能力」のことではないか、と考えてみます。

そしてこの能力は生存に役立つほとんど全ての能力です。

だから、もしも分からないことがあってそれが生存に関わるようなものであるのなら、僕らは眠っている能力を呼び覚まして思い出すことで対処できるはずです。

このような能力って、もっと具体的にはなんでしょうか?

直観?でも、そんな神がかりな力が生まれつきあらゆる人間に備わっているとは言えません。

思い出すことができるのは、理性

もっと一般的なもの、それは普通「理性」と呼ばれるものではないかと思います。

僕たちが(時に)忘れてしまっている、そして必要に応じて思い出すことで未知の問題に対処することが可能になる武器、それは「理性」でしょう。

得手不得手はあったとしても、これはほとんど全ての人間に備わっているものだと思います。

DNAと理性との関係性は魂の不死と同じくらい不透明なのがネックですが(^ー^;

僕の想起説では、DNAをベースに考えてより現実的なものとして以下の図式を提案します。

前提:人間のDNAは不死
前提から導かれる予想:DNAは何世代もの淘汰を経て生存に必要な全ての能力を発現できる
結論:分からないことに対しては、もともと備わった能力の一つ「理性」を思い出すことで対処ができる

『メノン』での想起の実例

ここまで言い換えてしまえば、想起説はもはや意味不明なものではありません。

そこで、この勝手極まりない言い換えが問題ないのか、想起説の実例で検討してみるのが次の課題です。

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