株で儲けるって、何か胡散臭くないですか?
ホリエモンブーム
今から3-4年前、ヒルズ族が話題になりました。
その筆頭は、当時ライブドアを率いていたホリエモン。テレビにも引っ張りだこで、ついには選挙にも出ました(結果は落選)。
そんな中、それまで株に手を出していなかったと言われた主婦や学生が、株を買いだしたと報道されていました。
ライブドアは少額で買える株を出して、小学生までもがライブドアの株を買っていました。
貯金大好き民族?
日本政府は借金がとてつもなく多くて、普通の国ならとっくに破産している、と言われ続けています。
破産しないのは、国債を買っているのがほとんどの場合日本の国民であり、また日本人は国債以外にも膨大な貯蓄をしているから、という説明があったように思います。
国債を買っているのが気まぐれな海外の投資家であったり、国民に貯蓄があまりなかったりする場合は破産するかもしれないがそうではないから大丈夫というわけです。
分かりやすい景気対策
そして、この膨大な貯蓄をどうやって使ってもらうかというのは景気対策の1つとなり得ます。
高速道路の無料化だって、行き先でお金を使ってもらいたいというのが本心でしょうし、子ども手当だって最終的には人口を増やしてお金をたくさん使ってもらう、というのが目標だと思います。
そういった、貯金を切り崩して欲しいという下心が透けて見える提案の1つが「株を買おう」だったと僕は思っています。
泣く素人
郵便局や銀行に貯金していても、一年間でほんの少ししか金利はつきません。
でも、株ならどうでしょうか。とてつもない利益を手中に収める可能性は、普通の貯金より遙かに高いです。
ただし、当然のことながらリスクも高く、昨日には価値のあった株券が、明日には紙くず同然なんてことも日常的に起こる世界だと思います。
だから、慎重が売りの国民性があるのだとすれば株なんかに手を出さないで普通の貯金でコツコツ、というのが多数派を占めるのは何も不自然ではないと思います。
ところが、ホリエモンの時代はそんなンじゃダメだ、もったいない、勝負すべきだみたいな風潮がありました。
それでライブドアの株を買った人たちがどうなったかは、もはや言うまでもないことです。
余剰金で株を買っていたならともかく、大事な蓄えとしての貯金で株を買った人を待っていたのは悲惨な未来。
悲鳴のようなブログ記事を当時はいくつも見ました。
株の魔力?
そんな経験があるもので、僕は株には全然興味がないのです。
ところが、今通っている大学でも同級生などで株を買いたいなんて言っている人たちがいたのだから驚きです。
ちなみに、僕が通うのは生物系の理系学部であって経済でも経営でも金融工学でもないです。
さして資金の無い状態で株をやるなんて、競馬やカジノと変わらないでしょう。
なのに株というとちょっと高尚みたいな空気があって、非常に違和感がありました。
例外事例
もっとも、株だって立派な商売だ、という意見があるのも確かです。
たとえば、自社株を持つ場合。
自分や自分が属すチームのがんばりが株価に反映されるわけですから、これをギャンブルと呼んでは失礼極まりないでしょう。
またあるいは、発行されているすべての株の大部分を押さえた場合。
この場合は経営権を持てるなんていう仕組みも、あったように思います。ライブドアはそれを利用してメディアに乗り出して、結局頓挫してましたよね。
この場合も、株を買うことはツールになっているだけで、やっていることは経営そのものでしょう。
事の是非はおいといて、この場合もギャンブルなんて言うのは申し訳なくなるパターンです。
ただし、これ以外のパターンだとほぼギャンブルといっていい、胡散臭い部類の金儲けだと思います。
得るものがお金だけなら
で、実際株はいいよーとか宣っている学生さんたちは一体いくら儲けているのだろう?とよく疑問に思います。
せいぜい数万が限界なのでは?仮に月数万円得られているとして、この場合手にするのはただただお金のみです。
汗水垂らして働いて得ることの出来るスキル、自信、協調性、精神的タフさはほとんど身につかないのではないでしょうか。
僕はただのドラッグストアのバイトに過ぎません。それでも売り場に立つと、実際にモノを売るシーンに関与出来て、自分が実体のある経済の一部となっていることを実感出来ます。
このリアリティは生きていく上でとても大事な張り合い、喜びを与えてくれています。
疲れや手間、面倒ごとなど負の側面も少なくありません。
でも、マゾヒスティックに聞こえるかもしれませんがそうしたマイナス面でさえ、ある意味人生の重要なスパイスだと思います。
同じ額でも異なる価値
学生で株やってるみたいな人がよく言う台詞があります。
「汗水垂らして働いても、パソコン適当にいじって株を移動させても、稼いだお金の額が同じなら価値は変わらない。」
言っちゃ悪いですけど、それは人生甘すぎると思います。
少なくとも僕にとっては、お金の価値はどうやって稼いだかで全然変わりました。
例えば僕はニート時代、基本的に親にもらうお金以外のお金を持っていませんでした。
しかし親にもらうお金は、もらえばもらうほど重圧となりました。
一方、自分が働いて稼いだお金は、社会の役に立って得たお金ですからもらうほどにもっと頑張ろうという次への力を得られるとともに、自分が社会の一員として認められているという充足感を与えてくれます。
家族の中での会話や僕の扱いも大きく変わりました。
だから、お金が欲しいなら社会の役に立つこと、社会に必要なのに欠けている、あるいは不十分なものを補うことを考えるべきなのかもしれません。
そうすればお金は自然に手に出来るし、額面以上の充実感も得られるのではないか‥と僕は考えています。
こんな考えこそ、甘いと言われそうですが…今のところはこのように考えています。