夢にかしゆかが出てきたら書いてる日記シリーズです。
見学
学校のみんなで何かの研究施設へ見学に来ていた。
なるべく会話を避けたい僕はなるべく集団から距離を置くようにして、でも迷子にならない程度の距離を保って施設内を歩いていた。
途中エレベータがあって、そこに10人くらいずつ乗るハメになったときは冷や冷やした。
他のみんなが、案の定試験結果について話始めたからだ。
そこには先生も一人いて危うく僕に話題が振られそうになり、覚悟を決めざるを得ない場面もあった。
しかし、話題を振られる前に運良くエレベーターは目的階に到着し、僕は難を逃れたのだった。
展示場
辿り着いたフロアの表示によればそこは地下4階だった。
人工的な照明によってメタリックな内装がぎらぎらしている狭いエレベーターホールを抜けると、体育館くらいの広さのあるホールに出た。
壁にはガラス越しの陳列、中央には展示物があって、各々好き勝手に見学出来るようだった。
僕は人混みを避けるようにして一人でぶらぶらしていた。
大して興味の持てない展示物ばかりで僕は時間をもてあました。
気がつくと、フロアにいる人が減っていた。
どうやらもう上に戻っているらしかった。
みんな一緒に上の階層に戻るわけではなく、疎らにちょっとずつ戻っていっているようだった。
僕は少人数でエレベータに乗って、話題を振られるのが怖かったので適当にうろうろしてエレベーターを避けた。
それで気がつけばフロアには僕一人になっていた。
上に戻りたくなかったが、下手に遅れるとまたムダな注目を浴びることになる。
エレベーター
このまま消えてしまいたい・・なんて風な思いも出てくる。
早く戻らなければと思いながら、僕の体は石のように動かなくなっていた。
そのとき、エレベータがフロアに到着したことを告げるチャイムが鳴った。
これに乗らなければ、無難に集団に戻ることはできないかも知れない。
僕は渋々エレベータに乗り込んだ。
他に誰も乗っていないエレベータは、僕を乗せると静かに動き出した。
・・・・・・
何かヘンだな、と思った。
上昇しているより下降している気がした。
それもものすごい勢いで。
エレベーターは不安定にガタガタ揺れ、僕は若干のパニックに陥った。
死ぬかもしれない気がした。
数度、このまま死ねたら簡単なのに、とも思った。
苦しくてもいいや、すぐ死ねるなら・・そんな言葉まで出てきた。
シェルター
エレベータが止まった。
ドアが開くと、まばゆい光がエレベーター内に漏れて僕は思わず眼をつぶった。
すぐに目が慣れて、改めて外に出てみると。
エレベーター側の壁に背を預けたかしゆかがいた。
壁は未来的な輝きを抑えたマットな加工の施されたタイルで埋め尽くされていて、かしゆかはグレーのシンプルなパーカーを着ていたので保護色みたいに見えた。
「ようこそ、地下3644階へ」
かしゆかは僕に向かって微笑んだ。
僕の顔が何か面白いものであるかのように、クスクス笑ってた。
いくらエレベーターが急降下したといってもさすがに3640階も下ったとは考えにくい。
が、空間に漂う異様な静寂と重たい空気のせいでその数字が嘘だとも言い切れない感じがした。
かしゆかはまっすぐに背筋を伸ばしてすーっとエレベーターホールの出口へと向かっていった。
僕もすぐに彼女に続いて、狭い廊下から出た。
カフェ
そこはカフェの店内のような場所だった。まばらに人が居たが明らかに日本人でない西洋系の人たちだったので同級生がいることはなさそうだった。
「日が差してるの?」
と僕は窓の向こうをのぞき込んで聞いた。
まるで外みたいに明るかったのだ。まぶしすぎて、いまいち外の様子は分からなかった。
かしゆかは、スキップするような軽い足取りでカウンターの椅子に座って、「知りませーんっ」とおどけた。
ごく短いスカートはその間一度たりとも内側を見せることがなかった。
見とれていた僕は遅れてかしゆかの隣に座った。
かしゆかは慣れた感じでウェイトレスに注文をした。どうやら僕の分まで注文してくれたようだった。
暖かな木漏れ日のような陽気に満ちた店内だった。
店内の壁に打ち付けられた棚のいくつかには小さな猫が寝っ転がっていて、それはそれは眠そうにまどろんでいた。
ワインとパン
ぼーっと店内を見回してると、かしゆかが「食べないの?」と聞いてきた。
すぐに目の前に、ワインとパンが運ばれてきていた。
パンは三種類あって、小麦の香りがふんわり漂う焼きたてだった。微妙に色合いと形が違っていて、どれも小麦本来の味で勝負したいパンといった趣だった。
てきぱきと、かしゆかはパンにバターやはちみつを塗って口に運んだ(このカフェは、はちみつだけで5種類近くあった)。
僕もそれにならって同じようにした。
パンは猛烈にうまかった。
焼きたてだからバターを塗るとさっと溶けたし、かしゆかのマネをしてさっとひとつまみ粗塩をふるとまた絶品だった。
普段食べてるパンが、まるでパンとは違う別のものだと言わんばかりに豊かな香りと食感、奥行きと広がりのある味が僕を恍惚とさせた。
一瞬、このフロアに同級生達が来たらどうしようという不安が生じた。
僕は再びおびえてはじめた。
黙ってキッチンを拭いていたウェイトレスがため息を一息つき、こちらを向いて言った。
「エレベータは地下10階より下には来れません。
先ほどそちらのお客様が設計自体書き換えてしまったので」
かしゆかを見るとコクリと頷いてくれた。
後ろのエレベータホールの方を見ると、バチバチ光るワイヤーで廊下への入り口自体が封鎖されていた。
僕はかしゆかに、こんなにありがたいことは無いと感謝した。
何故かかしゆかはご機嫌だった。
よく喋って、僕が笑わなくても一人で笑ってた。
さっきから繰り返し言っていたのは、諦めるのが如何に簡単なことであり、気持ちの良いことかということだった。
その裏返しとして、諦めきれないときの辛さについて力説していた。
かしゆかは熱っぽく語りながらときにクイっとワインを飲み干し、自分のグラスだけでなくまだ残る僕のグラスにも注いだ。
かしゆかレクチャー
何がそんなに楽しいのか僕には分からなかったが、とにかくかしゆかは良く喋って良く笑った。
途中からやることが終わったらしきウェイトレスも話しに加わってきた。
かしゆかはウェイトレスに、僕のことを「ブログ書いてる人」と紹介して、Dream fighterの記事は見とくといいと嬉しいことを言ってくれた。
僕はその紹介を記事への賛同と受け止めたのだが、かしゆかは何か言いたそうだった。
「いや、別にいいんだけど」
かしゆかはパンにナイフを入れた。
何故かパンの断面まで焼けていた。それもこんがりと濃いきつね色だった。
そしてそこにバターを塗ると、あろうことかかまどで焼いたようなバチバチいう音までした。
バターはじゅわっと溶解してパンにしみこみ、ふわっと湯気すらたった。
そして、そんなことは特別なことではないと言いたげにパンを口に運び、おいしーっと言った。
ひとしきり食べ終わってから、一息ついてフォークの先端を僕に向け、きつめの目つきで言った。
「歌詞に込めた思いは、長渕さんの方がずっと重いんじゃない?」
かしゆかは長渕剛が好きなのかな、と思った。
だったらあの記事はいい気がしなかったかもしれない。
僕は正直、身構えた。
「でもDream fighterの歌詞に限らないけど、たぶん中田さん歌詞にそんなに強い思いは込めてなくて、勢いで書いてる感じ」
かしゆかの指摘に僕はキョトンとした。
が、何となくそれは正しい気がした。
そして、そういうところを見習うんだよと言って、僕の肩をばしばし叩いた。
その意味を図りかねて僕が沈黙していると、目の前にパンが突き出された。
かしゆかは僕の皿にあった食べかけのパンをフォークにさして、それを僕に突きつけたのだった。
それは、オーガニックで、塩と水にもこだわっていて、焼き加減も絶妙な至高のパンであり、かしゆかによって運ばれるという最上の方法で僕の口の中まで届けられた(かなり強く押し込むように、強引ではあったが)。
かなり大きい塊だったのでほおばるのが大変だった。
ときどきフォーク部分の金属質な感触があって、ケガしないように気をつけた。
「おいしい?」
かしゆかはゆっくりと聞いてきた。
口の中のパンは、バターも何も塗られていないプレーンなパンだった。
しかしそれは、薄皮の微かなぱりぱりと内部のもちもちしたボリュームとで見事なコンビネーションを成していた。
咬むほどに濃い甘みが溢れだし、かといって嫌らしい甘みではなくてどこか高原を思わせるようなすがすがしさのある甘みだった。
飲み込む瞬間の名残惜しさと、喉を過ぎていく塊の感触もまた格別だった。
僕はかしゆかに差し出されたパンの全てを飲み込み、さらにワインで流しこんでから言った。
「うまい。ホントにうまい」
自然と笑みがこぼれてしまっていた。
かしゆかは無言で、じっと僕を見ていた。
フォークと願い
そして突然、ピン、と僕の目の前にフォークの切っ先が突きつけられた。
僕は背筋が凍った。
試すような目つきのかしゆかに対して僕はごくりと唾を飲んで、何も言えなかった。
かしゆかはフォークの切っ先を僕の目の前から首の方に運んでいった。
頸動脈を探っている感じだった。
かしゆかはある一点で手を止めてそのまま動かさなかった。
僕が答えずにいると、フォーク先端の冷たい感触が首筋に当たった。
———バイバイしたい?———
至近距離のかしゆかは、目でメッセージを送ってきた。
以前ハックされかけて、こちらからやり返して以来僕らはショートメール程度のやりとりであれば言葉を口に出さなくてもコミュニケーション出来るようになっていた。
かしゆかはきっと無駄なく正確に苦しむ間もなく僕を旅立たせてくれそうだった。
殺されるために惚れたわけじゃない
僕は躊躇した。
確かに、ここ何日か何度となく頭の中で「逃げ出したい」と思っていた。
冗談半分とはいえ死を解放とすら考えた。
思えばかしゆかに最期の一撃を食らうことは理想的な死に方の一つかもしれない。
仮に今すぐ死ぬのだとすれば。
しかし、かしゆかを目の前にしている今、僕の願いは「死」はおろか、逃亡ですら無くなっていた。
僕はそれを自分の中で確かめると即座に言った。
「こんなことをしてもらうために、きみに惚れたんじゃない。」
かしゆかは不意を突かれたように驚いた顔をした。
そして、しばらくしてフォークをおろした。
かしゆかの置き土産
「ちょっと飲み過ぎたんじゃないか」
僕はそう言って、ウェイトレスにミネラルウォーターを二人分頼んだ。
かしゆかは疲れた様子だった。いつの間にか運ばれていたデザートを適当にいじっていた。
僕は運ばれたよく冷えた水を飲み干して、喉を下っていく感触に洗われながら、かしゆかが僕に何を伝えようとしていたのかを考えていた。
スッと、いきなりかしゆかは席を立った。
長く美しい髪がふわっとなびいてストレートに落ち着いた。
「ここ、好きに使って良いから」
そう言って手を振った。
エレベータとは違う方へ向かって、「早く終わらせるんだよ」と言って立ち去っていった。
呆然としているとウェイトレスがテーブルの食器を片付け始めて、僕に向かって
「奥に部屋があるからそこを使ってください」
と言った。
ただし、勉強部屋の扉を開くには入り口にある岩に10,000,000回水をかけなければならない。
そのとき雑念が混じったら一回とカウントはされない。
一度も雑念を挟むこと無く、連続して規定回数水をかけるようにと助言してくれた。
部屋の中にはまた、指示が書いてあるという。
ただ、部屋の中にあるテキストに記述された“現象”はすべて理解しなくてはならない。
理解したかどうかは、書かれていたすべての内容を自分の言葉で書き直した自作抄録を完成させることで判断される。
テキストには、ラテン語も含まれるとウェイトレスは言った。
「終わったら、地上戦ですから」
食器の片付いたテーブルをふきんで拭きながら、淡々とウェイトレスは付け加えた。
洞窟でバッハの旋律
女性が片付けを終え、立ち去るともうそこはカフェでは無くなっていた。
暗くじめじめした洞窟で、水のしたたる音しか聞こえない。
ここは回廊の半ばのようで、左右には数メートル置きにおかれた松明が周囲を照らしているが、奥はどちらも真っ暗で見えなかった。
目の前には重い石の扉と、脇には苔むした岩。すぐ傍に水たまりがあって、ひしゃくが立ててあった。
「これを1000万回・・」
僕は愕然とした…わけではなかった。むしろ嬉しかった。
まだ頑張りたかった勉強を、何の恥も恐れる必要のないこの場所で、一人静かに探求することが出来るのだから。
そしていつか、地上に上がったときにはかしゆかにも会える。
僕は何の不満も無かったしワクワクしてきた。
はやる気持ちを抑え込んで、無心にひしゃくで水をすくい、苔むす岩にかける操作を繰り返した。
憂いは消えていた。
バッハの、主よ人の望みの喜びよ、が頭の中で流れた。
バッハの旋律は頭の中でガンガンに高鳴っていた。「人の望みの喜び」…望みを持てることのすばらしさを言い当てた、見事な言葉だった。
こんなんじゃいくら水をかけてもカウントされないじゃないかって心配になった。
主よ人の望みの喜びよ
オルフェウス室内管弦楽団
1991/01/01 ¥250
「ゆかちゃん」としてはここまでです。
この後、ちょっとよく分からない展開がありました。
何となく不気味なので、怖いの苦手な人はスルーで(^-^;
かといって怖いの好きな人が楽しめるかはかなり微妙という…
うずまき
数万回水をかけ終わったところで、不意に背後から声をかけられた。
年配の女性の声だった。
「疲れたら休みなさい。お部屋があるからね。」
おばさんは通りすがりだったようで、すぐに居なくなった。
が、それと同時に辺りが洞窟の回廊ではなく、人の行き交う普通の街中になっていた。
僕が水をかけていた岩は、小さな塚になっていた。
重々しい扉はいつの間にか無くなっていたが、きっと水をかけ終わったらまた現れてくれるのだろう。
辺りは人が行き交いちょっとした賑わいがあったが、ここは超地下世界であるから若干地上と違うような気がした。
さて、おばさんが教えてくれた場所は車道を隔てて向かいの、木々が生えているところだった。
都心の市街地にときどきある、緑豊かな区画だった。
入り口には荘厳な門が立っていた。
門の前には誰もいなかったが、こんなところを通り抜ける人はそうそう居なさそうだった。
僕はそこを普通に通り抜けて中に入った。
中は砂利道になっていて、生い茂る木々のためにちょっとした境内のような感じだった。
外で行き交うクルマや人々の立てる音が、ここでは多少遮断されて穏やかだった。
幅はベンツ一台が通れそうなくらいだった。
何故ベンツかというと、高級な静寂が漂うこの空間はベンツが出入りするのにふさわしい気がしたからだった。
ざくざくと砂利道を進むと、すぐに道は左に直角に曲がっていた。
角で曲がると、今度は奥でまた道が左に垂直に曲がっているようだった。
そうやって道なりに進むと、この道がうずまき状に中心に向かう構造になっていることに気がついた。
ある程度進むと必ず道は左に垂直に曲がるのだ。
次第に奥に進むにつれ、外界の音は聞こえなくなり、ただ木々のざわめきと小鳥のさえずりだけが聞こえるようになっていった。
しばらく行くと、ぎゅうぎゅうに密集した一軒家の集合が見えた。一辺が4-5軒、ほぼ正方形の区画にみっしりと縦長の家が並んでいた。
歩いてきた道は、これらの家をぐるっと囲っていたので道はここで終わりみたいだった。
痩せたおばさん
僕はそれを見て、不便なところに住んでるなぁ、と思った。
外に出るのに随分遠回りしなければならないからだ。
そしてあまりに密集したその一軒家の集まりは、かなりぎゅうぎゅう詰めなので奥の方の家の人はどうするんだか気になった。
だが、よく見ると所々くぼみがあって、くぼみの内壁に玄関がいくつもあったから、たぶん出入りは出来るのだろう。
表札を眺めようと思って玄関に近づくと、家に住んでいる人の話し声が聞こえてきた。
随分普通に生活している感じだった。
犬を飼っているところもあるようで、時々鳴き声が聞こえてきた。
とりあえず一周回ろうと思ってその家々の周りをうろうろしていると不意に後ろから声をかけられた。
「ちょっと」
呼ばれて振り向くと、痩せたおばさんが僕に手招きしていた。
「こんなところ、来たらダメよ。早く帰りなさい」
怒ると言うより危ないから気をつけて、というようなニュアンスを感じた。
僕は事情を話した。 休むための部屋を探してる、と。
するとおばさんは、とにかく早くここを出るのよ、と言って僕の手を引いた。
それで僕たちはうずまき状の砂利道を逆回りに、ぐるぐる外側に歩いていった。
段々外界の音が聞こえてきて、賑やかな感じがした。
もう門から出るというくらいになって、よく見ると砂利道沿いにいくつか家が並んでいることに気づいた。
来たときは気づかなかったが、3軒の一軒家が並んでいて、どの家にも灯りがともっていた。
「ここのどれかなら、大丈夫だから。」
おばさんはそう言って、役目は終わったと言わんばかりに去ろうとした。
僕は不可解だったのでおばさんを呼び止め、さっき僕たちの居たあそこは何なのかと聞いた。
「あそこは違うのよォ。今回はラッキーだったって思いなさい。もう二度と近くに行ったりするんじゃないよ」
とおばさんは言ったが、どういうことなのかさっぱり分からなかった。
不思議な看板
僕はおばさんに礼をしてさよならを言った。
ふと、うずまき状の道の奥を見てみると…脇に立て看板があって、
「幸せなら手を叩け」
というわけの分からないことが手書きの雑な筆で書いてあった。
僕は幸せでないから手を叩けない。
それでまた振り返って今度こそ家のどれかに入ろうとすると、またさっきのおばさんがこっちに向かってきた。
「今何してたの」
今度は怒った感じだった。
僕は「何か看板があったんで」
と言ったが、おばさんは怒ったまま、
「看板なんて読まないの!ろくなものが無いんだから、無視しなさい」
何となくお節介なこのおばさんがめんどくさくなった僕は、ひとまず仕切り直しに門の外に出てしまおうと思った。
「とりあえず、コンビニか何か探すんで」
そう言っておばさんに先だって、門の方へと向かっていった。
おばさんはその場を動かずに、
「後で奥に行ったり看板を読んだりするんじゃないよ、いいね!」
と何度も強調した。おばさんは、何故か門の外に出ようとはしなかった。
雑踏にて
門を抜けるとそこは賑わった夕闇の市街地で、さっきまでの静寂が嘘のようだった。
雑踏に紛れて歩いて、コンビニがないからスーパーに寄ろうと思った。
すると、道ばたで女の子が大きな声を出しているのが聞こえた。 よく見るとそれは、のっちだった。
目の前に居る小さなアイドル風の少女に、「のっちでぇす!!」の言い方を伝授していた。
僕が近づくとのっちは気がついて、
「あ、大丈夫だった??」
と聞いてきた。
「ぐるぐる巻きのところに入っちゃったんだよね?」
僕はあそこは一体何なのかと訊ねた。
のっちは腕を組み、眉毛をハの字にして困った顔をして、じっと僕の顔をのぞき込んだ。
「良かったね、かしゆかがおまじないしてくれてて。」
僕は驚いた。
確かにかしゆかには会ったが、いつの間におまじないなんてされたのだろう。
そしてもしそのおまじないが無かったら、一体どうなっていたというのだろう。
「のっちは大丈夫なのか」
と僕は聞いた。
のっちは、
「鍛えているから大丈夫」
と答えて軽めにシャドーボクシングを披露してくれた。
あ〜ちゃんはもっと大丈夫、と呟いて気持ちの良いストレートを見せてくれた。
一緒に居た女の子が目を輝かせてパチパチと手を叩いた。
シャドーボクシングの拳の軌道はキラキラと流星を伴い、その威力のすさまじさをかいま見せていた。
その拳の軌道が、微かにではあるが見えたことで僕は自分の成長を感じ、確かな手応えに自信を深めた。