言うまでもなく、夢><
深夜のフライト
飛行機のいいところは、運転してくれる人がいるところだ。
今にも離陸しようとする飛行機の座席に座っていて、ふとそんなことを思った。
出発のタイミングを自分で決められないというデメリットはあるが・・・
プロの操縦士に任せられるというのはありがたい。
窓際に位置する隣席に座るかしゆかにそのことを話した。
かしゆかは、飛行機もスイッチさえ押せば出発のタイミングをこちらである程度は設定できるんだよ、と教えてくれた。
でも、パイロットはその合図を待っているから準備が出来たらなるべく早くスイッチを押してあげないとね・・とほほえんだ。
飛行機はあっという間に目的地に僕たちを連れて行った。
窓の外は真っ暗闇で、今どこを飛んでいるのかサッパリ分からなかった。
蒸し暑い街
飛行機が降り立ったのは、真っ暗だがまだ街に活気がある時間帯。
場所は九州のどこかのはずだ。
半袖でも全く寒くなくてまるで東南アジアのような蒸し暑さがあったのだが、しかし掲げられた看板はいずれも日本語のもので見慣れたチェーン店のものも少なくなかった。
かしゆかの荷物は小さなスーツケースひとつ。
僕はリュックに手提げ、さらに肩掛けのバッグもあった。
早速僕たちはタクシーをつかまえることにしたのだが、せっかく先ほど楽しんだ飛行機の気分をまだ味わっていたくて、特殊なタクシーを頼んだ。
前方には普通の自動車の構造があるが、後方は飛行機の胴体のような筒状の構造を持つ乗り物だ。
僕たちは座席に乗り込み、スイッチを押して操縦士に出発を促した。
光る右眼
それにしても。
かしゆかのスーツケースを扱う手際の良さには舌を巻く。
小さめとはいえ中身はしっかり詰まっていて、決して軽いものではない。
それを、軽快に操るのだ。
空港を抜けてタクシー乗り場に来るまでの雑踏をすり抜けるとき、どうしてそんな方向へとスムーズに移行させられるのか、不思議でならなかった。
こつはスーツケースのタイヤと、流れる人の群れの方向性をよく観察して双方の関数を解析すること、とかしゆかは言った。
モデルを設定して簡略化すれば暗算可能だという。
そう言うかしゆかの右目から、カシャリという音がする。
内部で何かの装置が動いていた。
エスコート
どんなにダンスしても短いスカートの中が見えないようなもの?
と、かしゆかに聞くと、のっちみたいな言い方と笑われた。
のっち、の名を聞いて僕はびくっとして聞いた。
「遅くなったから、怒っているかな」
「大丈夫だよ。ムスッとしてることはあっても本気で怒ることは滅多にないから」
かしゆかは意に介さず流れゆく車窓の眺めを楽しみながら答えた。
スポーツカーほどでもないが車高が低いので信号待ちのときなんかは街ゆく人が車内の僕たちをちらちら見ている。
そんなときに僕は少し誇らしい気持ちになる。
「あの」かしゆかをエスコートしているのだ。
もちろんかしゆかに視線を奪われる人々にとって、僕のことなど見ているけど見えていないに違いないのだが。
いつの間にか僕たちは駅前に来ていて、タクシーを降りていた。
荷物の多い僕に代わってかしゆかが会計をしてくれた。
どうせ領収書で経費扱いなのだから細かいことにこだわる必要はなかった。
かしゆかは運転手からもらった領収書を僕の胸ポケットに差し込みながら笑った。
「二人で250円だってwやっすーwww」
これには僕も爆笑した。
プレゼント
僕たちは間食を買うために小さなコンビニに入った。通路が狭くて商品がぎっちり密集していた。
かしゆかはさっさと雑誌コーナーに向かっていって、僕に「適当に選んどいて」と言った。
僕はパン売り場の前に立ち、カゴにパンを入れていった。
脇からかしゆかが「焼きリンゴ食べたーい」とか「お団子あったらおねがーい」とか次々と指示を出してきた。
僕はパンだけでなく、お菓子やドリンクもカゴに入れて、レジに向かおうとしてふと立ち止まった。
そこには、小学生くらいの女の子を対象にした手作りキーホルダーキットやストラップなどが並んでいた。
そのなかに暗くて螺鈿のように角度で色の変わる不思議な素材を使ったプレート状のキーホルダーがあった。
密やかにプレゼントとして紛れ込まそうか・・・僕は我ながらいいアイディアだと思った。
かしゆかにばれないように、静かに彼女に似合いそうなデザインのプレートを探した。
ところが売り場には螺鈿でなくモノトーンのものや、キーホルダーではなくストラップのタイプが多く、なかなか目当ての物は引っかからない。
売り場が高い場所にあるせいで見にくいのだ。
バレる寸前
気がつけばかしゆかが近くにいて、クッキーの袋を僕が持つカゴに入れていた。
「何かお探し?」
首をかしげるだけでどうしてそんなに可愛いのか問い詰めたい気持ちを抑えて、僕は上にあるものが欲しいのだと言った。
かしゆかはあたりを見回して、レジ横に立てかけてある踏み台を見つけて持ってきてくれた。
かしゆかにもうちょっと立ち読みでもして待っててくれと伝えて、僕は目当てのキーホルダーを探した。たくさんあった。
一つ一つ微妙に風合いが違うから、最強のを選ぼうと思った。これなら置物にしても悪くない。
灼熱の粉雪
ふと、待たせてしまっているかしゆかの様子が気になった。
かしゆかは外にある何かに目を奪われていた。
「どうした?」
「ユキヒョウ」
かしゆかは視線を固定したまま僕に答えた。
視線の先は、店の外にある大きな広告だった。
夜なのでライトアップされていた。
電車から見ることを想定しているような大きな広告だった。
暗い街並みの中で、ライトアップされたそこには凛としたユキヒョウの写真が、ブランドかなにかのロゴとともに載っていた。
かしゆかはうっとりしていた。優しさに満ちあふれた表情をしていた。
「すごく素敵だね」
僕も手が止まってその広告を見つめていた。
本当に素晴らしい写真だった。
背景には雪景色が広がっていて、熱帯夜だというのに(なぜかコンビニ内もムシムシしていた)、粉雪のやわらかさを感じさせた。
この写真家は空間を創造する技術を持っていた。
世界を瞬間凍結保存する秘技を身につけていた。
さすが、かしゆかが惚れるだけの腕だった。
その向こうに見るのは
この写真が、誰が撮ったものなのか僕はすぐに理解した。
そして、かしゆかがその写真の向こうに誰を見ているかも、残念ながら明白だった。
キーホルダーキットにたまたま「perfume」の文字があったのが幸いだった。
暗黒螺鈿のプレートに、シックなフォントのperfume、そしてここの地名が入ったキーホルダーが出来上がる。
かしゆかはそれを見てはしゃいでくれた。
僕はそれを他の食べ物と一緒にかしゆかに渡した。
「3人で作って遊べると思って。ここに来た思い出にもなるよ」
かしゆかは、あーちゃんに取られるだろうな~なんて言って向きで色合いの変わる螺鈿の様子を楽しんでいた。
かしゆかはもう電車に乗って行ってしまった。
僕の役目は終了した。
うってつけの夜
時間の制約が無くなった僕は何となく手持ち無沙汰だった。
気持ちも妙に高ぶっていて、帰宅したくなかった。
それで閃いた。
————さっきの広告の前に行って、夜を明かそう。
酒とつまみが必要だ。
とりあえず、あの狭苦しくて蒸し暑いコンビニに戻った。
さっき会計してくれたレジの女の子と目があった。
ちょっとヤンキッシュな彼女は
「忘れ物ですか?」
と微笑んだ。
僕は「ええ、ちょっと」と言って、アルコールの売り場に向かった。
終わりに
古いニュースを見たんですよ、数日前に。
その衝撃で見てしまった夢に違いありません。ほろ苦いカンパリみたいな味のする夢でした(^-^;
が、この夢のおかげで自分のなかで一区切りもついたっていうおまけ付きです。
ちなみにユキヒョウの写真はアップルのOSXの壁紙です。