一作読んだだけで完全に虜になってしまったラブクラフトについて、よく言われていることと事実に若干の相違がある気がしたので個人的見解を述べてみようと思います。
ラブクラフトの真価
ラブクラフトの小説で注目すべきは、常識で強固に守られていると思っている現実世界にピシッとヒビを入れてしまう技です。
この人は超非現実的なものを書くのに、驚くほど現実的な側面を持った人物を中心に据えます。
なので胡散臭さを極力排除することにはかなり成功していると感じました。
そんなことをしている一方で、ラブクラフトは奇妙な生き物や神々をかなりたくさん作り上げました。
ラブクラフトが創造した神クトゥルフ(他にク・リトル・リトルなどいくつか呼び方に幅があります)をとってクトゥルフ神話なんて言ったりもするそうです。
でも、ここでちょっと待ってくれと言いたいのです。
ラブクラフトは手塚治虫の「火の鳥」的な、体系的な神話絵巻そのもの作ったわけではありません。体系化したのは弟子です。
ではラブクラフト本人は何をしたのか?
彼は神話作家なのではなく、もっとべつの、現代でいうマネージャー・プロジェクトリーダー的な才覚があったと僕は思うのです。
ハイパークリエイターとしての側面
彼は生前、あくまでアマチュア作家として活動していたようで、本職は雑誌の校正をやっていたそうです。
ところがただ誤字脱字文法ミス訂正をしていただけではなくて、校正を依頼してきた誰かの小説に、勝手に自分が作った神話世界のキャラやモチーフを織り込んでリリースさせたのです!
校正の名の下に作品に介入するなんて、とてつもなく迷惑な話ですが、この発想の独創性がすごすぎます。
その結果何が起こったかというと、ラブクラフトの小説に出て来た「聞いたことのない神々の名前や出来事」が、ラブクラフト以外のいろんな書き手の作品にも登場することになりました。
しかもラブクラフトは狙いを澄まして、民間伝承や古代の言い伝えみたいな、ちょっと知られているけどよく分かってないようなモチーフを扱った作品に対して、そういった自作のキャラクターを忍び込ませたもんだから、まるでそれは作り話ではなくて世界の裏にある極秘の真実であるかのような印象を与えることになったのです。
ブレアウィッチプロジェクトもびっくりのすんごい企画センスです。
グローバル化とインターネットの普及が凄まじいペースで進む現代に生まれたのなら、そのセンスを遺憾なく発揮して真の「ハイパーメディアクリエイター」なんて呼ばれていたかもしれません。
ラブクラフトとクトゥルフ神話の微妙な関係
しかし、今ラブクラフトと言えば壮大な神話体系の創始者みたいな評価がなされているように思います。
でも以上のような経緯を考えるのであれば、「大系」なんて形で彼が散乱させたアイディアを寄せ集めて短編集にしてしまったりするのは、ラブクラフトの意図したところでは恐らくないはずです。
せっかくこっそり忍ばせた工作なのですから、そればかりを集めてしまうのは彼の意図したところではないでしょう。
もっとも現代においては神話自体への関心、愛好者も非常に多いでしょうから難しいところですね。
彼が散逸させた「工作」を寄せ集めた短編集があるのは、彼のアイディアに感動したファンとしてもやっぱり非常にありがたいことです。
でもラブクラフトがやっていたことが、独創的かつ壮大なプロジェクトであり、出版業界を装置として利用したものだったことは特筆に値すると思います。
こういうことをやろうとする人が、また出てきてくれないかなー現代の方がもっとすごいことができちゃわないかなーっ!
そんなわけで、ラブクラフト。
これから当ブログではごりっごりに推していきたいと思います。