偽Perfume

柳田邦夫の「ガン回廊の朝」は現代版ガリア戦記

カエサルのガリア戦記は読んだことないのですが(^-^;

(僕が読んだのはこちらです)

国立がんセンター物語

今日はとても面白かった本の紹介です。
柳田邦夫の「ガン回廊の朝(あした)」です。

これは国立がんセンターという日本で最も高度な医療を提供している施設の誕生からその後の発展を追った、ルポのようなものです。

がんと言えば、まさに現代人が特に悩まされている病のひとつです。
医療の進歩はすさまじいですが、がんはかつての結核のように特効薬の発見で激減させられるような対象ではないみたいです。

宿命的病

うちはがん家系です。
母方の祖母と父方の祖父はともにがんで亡くなりました。

従兄は生まれたときに目のがんで手術して、その後頭の中に出来た非常に珍しいがんによって若くして命を落としました。

また、母は早期の子宮がんの治療を受けたことがあり、僕にとってがんはイヤでも意識させられる病気です。

がんが難しいのは、その病気の根本が、生命の営みにあるところでしょう。

卵子と精子が受精して、一個の新しい細胞が生まれるところから生命(厳密には有性生殖する生物の、でしょうか)は始まります。

一個の細胞は徐々に増殖し、やがて役割ごとに分化していきます。

このような、増殖・分化は複雑で多様なメカニズムの絡み合いによって起こっているそうなのですが、こうしたプロセスの異常で発生するのががんです。

なので、がんは日常生成してしまっています。
でも普段はそれらを駆逐する機能が体内には備わっています。

このように、がんではない人の身体の中でもがんは日々発生し、体内の絶妙なバランスの中で押さえ込まれているもののようです。

ところが歳をとったり、身体に負担がかかるようなもの(タバコや放射線、有害物質など)に晒されるとそのバランスが崩れ、がんが体内で優勢になってきます。

倒そうとすれば自分も傷つけてしまいます。
抗がん剤を投与すると、毛が抜けるなんて話を聞かれたことのある方も少なくないでしょう。

そんな難しい病気と闘うことを決意した勇気ある戦士たちの物語、それが「ガン回廊の朝」です。

戦士たちの物語

舞台は病院で、メインは医師なのですが、読めばこれが戦場を舞台にした戦士たちを描いた作品であるという印象を強く受けました。

文体はとても淡々としていて、小説のような大仰な盛り上がりみたいのはほとんどありません。でもそれが逆にハードボイルドじゃないですけど非常に格好良く、ページを繰る手がなかなか止まらないです。

がんと戦う医師たちは日夜格闘です。
たとえば‥

「坪井先生は毎晩、頑張りますねえ」

「いや市川先生にはかないませんよ。実は昨夜は十時過ぎに帰りましたら、千駄木の方へ行く都電がお茶の水を通るとき、東京医科歯科大学の研究室の明りが煌々とついているのですよ。連中はまだやっているのかと口惜しくなりましてね、がんセンターに飛んで帰ってもう少しやろうかと思ったほどでしたよ」

「それで今夜は腹ごしらえをしてというわけですか」

市川は笑った。

「終電まで頑張ろうと思いましてね。負けてはいられないからなあ」

坪井は負けず嫌いなところを見せて、いった。

その夜、坪井が十二時過ぎの終電で帰ると、東京医科歯科大学の明りは、すっかり消えていた。彼は<ざまあみろ、今夜はおれの勝ちだ>と、独り相撲の勝負に独りで軍配をあげて、喜んだ。

(上巻P180)

こんなのは序の口です。

たとえばレントゲン。身体の内部が見れる画期的な写真であることはみなさんご存じと思います。これで胃がんが見つかったりするみたいです。

そうした診断を専門にしている医師を見てみると…

人間の目というものは、先入観に騙されやすいものである。X線診断のリーダーの市川平三郎は、X線写真を読むときに、先入観や早とちりの思い込みにとらわれないようにするために、開院以来診断医たちに、X線診断リポートにはかならずスケッチを描くよう指導していた。

「写真があるのに、その上どうしてスケッチなどする必要があるのか」

という意見もあったが、市川は強引に自分の主張を押し通した。

胃前庭部にガンのあった患者の場合、担当の診断医は胃角付近のスケッチはしていたのだが、他の部分にまでは、スケッチのペンを走らせていなかった。

(下巻P45)

スケッチをすることで見落としを無くそうということだそうです。

この本に出てくる医者たちは、ほんと勤勉です。

胃がんの生成プロセスを解明するために、ホルマリン漬けになってストックされていた大量の人間の胃を一個一個全て解剖、顕微鏡で調べたチームのエピソードも紹介されていました。

また、戦うのは医師ばかりではありません。
がんセンターの設立に走った役人たちがはじめに登場します。

また、患者と一番長く接する看護師たちもプライドをもって仕事にあたります。

精巧な検査器具を作るのには、下町の頑固な金具職人が登場します。
こんな風にいろんな人たちが力を合わせて、強敵相手に奮闘するのです。

時代遅れな面も

現代的な視点からすると時代遅れと言わざるをえない点もありました。
インフォームドコンセントに関してです。

今では告知100%だそうですが、当時は告知はしないのが基本方針だったとか。

もちろん、それは治療に差し障りが出ることがあったためのようですが、消費者意識の高まりや医療ミスが明るみになっていく昨今、正しい情報を開示する義務が専門化には課せられているというのは疑いない事実だと思います。

さて、僕は理系とはいえ医学部ではありませんが、この本を読んでいて何度もゾクゾクしました。

学問を武器に社会に貢献するという、僕の大目標をこれでもかと実践する方々の姿を存分に見ることが出来たからです。

だからこの本は、やる気を出させるパワーもあるように思います。

また、理系の人間でなくとも、同じ日本人が世界の最先端レベルで活躍する様子を見られますので、読んでて胸が熱くなるところがいくつもあると思います。
日本人でない方は、これを読んで日本の強みの根源みたいのを知ることができるかもしれません!

とにかく、おすすめです!

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