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再読者への課題が用意されているプロローグ:プラトン『プロタゴラス』

プラトンは『プロタゴラス』に二重の細工を施しています。

ソクラテスVSプロタゴラスを包む2つの袋①

一読して明らかなように、『プロタゴラス』の大部分はソクラテスとプロタゴラスの激突です。

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なので著者プラトンは最初から二人の激突だけを書けば良かったはずです。

例えば『メノン』はいきなりメノンくんとソクラテスの激突に始まり、終わりまで基本的にこの構造は変わりません。

ですが、『プロタゴラス』ではなぜかそのようにはしていません。

2つの袋でくるんでいるのです。

第一の袋は、青年ヒポクラテスとソクラテスの対談です。

ヒポクラテスはソクラテスに、プロタゴラスに入門したいのでその手助けをしてほしいと頼みますが、ソクラテスはちょっと待てと言って、色々と説教をしたうえで自分が一緒に行くから、ほんとにプロタゴラスに入門していいのかちゃんと考えてみようと提案します。

ソクラテスとプロタゴラスとの対決は、このようにヒポクラテスのためにソクラテスがプロタゴラスのもとに出向くという大きな枠組みにすっぽり包まれています。

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ただし、ヒポクラテスとソクラテスの会話は序盤以外に全く出て来ません。

ソクラテスVSプロタゴラスを包む2つの袋②

さて、この第一の袋があるだけでもめんどいのに、『プロタゴラス』にはさらにもう一つ袋があります。

それが、ソクラテスが友人にこの話を思い出して話すというさらに大きな枠組みです。

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つまり、『プロタゴラス』でメインとなるソクラテスとプロタゴラスの対決は、一方の当事者であるソクラテスが語り手となって示されるという、ある意味偏った構図になっています。

第1の袋と同じく、第2の袋も冒頭に出てくるだけでその後は出て来ません。

第2の袋の効果:再読させる

それでは、それぞれの袋があることで『プロタゴラス』にどのような効果が生まれているかを考えてみます。

長くなるので今回は第2の袋についてだけ考えます。

時系列でいうと、第2の袋は一番最後の出来事です。
ですが、第1のプロローグとして語られるために、登場するのは一番最初です。

『プロタゴラス』で描かれる順番

  1. 三番目の出来事:ソクラテスが友人にプロタゴラスとの対戦を語る
  2. 一番目の出来事:ソクラテスがヒポクラテスと話す
  3. 二番目の出来事:ソクラテスがプロタゴラスと対決する

ということは、『プロタゴラス』は最後まで読むと、その続きが冒頭に書かれているという構造になっています。

この構造は、読者に「再読」を強く勧めることになると思います。
時系列順にものごとを捉えたいというのは恐らく万人に共通することだからです。

プロローグに潜んでいた課題その1

ちなみに、最後まで読んですぐに冒頭に戻ると、ちょっと面白いことが起こります。

最後の最後でソクラテスが言っていたことが、嘘だったことが判明するのです。

エピローグでソクラテスは、プロタゴラスに対してこの先行くところがある、つまり予定があるのだと言います(362A)。

しかしプロローグでは、友人に「もしきみに何か用事がないなら、そのときの会合の様子をわれわれに話してくれないか?」と聞かれて、ソクラテスは「ぜひ、そうさせてもらおう」(310A)と答えているのです(訳文はいずれも光文社版の中澤務氏によるもの)。

つまり、ソクラテスはプロタゴラスに用事があると嘘を付いていたことになります。

この嘘のわけの解明は、プラトンが再読者に用意した課題だと思います。

初回でこれに気付く人ももちろんいるでしょうけど、最後まで読んですぐに冒頭に戻った人が一番気づきやすくなっています。

プロローグに潜んだ課題その2

他にも、第2の袋には不思議なことが書かれています。

それは、ソクラテスがプロタゴラスをべた褒めしていることです。

いくつか抜き出すと、

(アルキビアデスより)はるかに美しい人

最も賢いものが、より美しくみえる

この時代最高の賢者

と大絶賛しているのです。

アルキビアデスはセブンティーンの美少年で、プロタゴラスは還暦近くのおじいちゃんです(もっとも、今の日本では60歳はおじいちゃんと呼ぶには若い年齢ですが)。

そんなおじいちゃんが、美少年より美しいというのだからとんでもない事態でしょう。

さて、言葉の使い分けに厳密なプロディコスの弟子を自称するソクラテスが、まさか「最も賢い」や「最高」という表現を、俗な人がやるように単に「マジすげえ」程度の意味で用いるはずがありません。

ソクラテスは、プロタゴラスを文字通りに「最高」だと認めているに違いありません。

プロタゴラスが「最高」であるなら、他の人間はプロタゴラスより劣っているということになりますから、必然的にソクラテス自身もプロタゴラスよりは賢くないということになります。

ところが最後まで読んだ僕は、プロタゴラスがソクラテスによって敗北を認めさせられるシーンを鮮明に覚えています。

そんな僕からすると、冒頭に出てくるソクラテスのプロタゴラス礼賛は異様に思えます。
嫌味で言っているようにしか思えないのですが、本当のところがどうなのかはもう一度読まないことにはちょっと判断できなさそうです。

これも、先ほどの嘘の理由とともに、プラトンから再読者へ突きつける課題であり、再読を強く推奨するものだと思います。

言うまでもなく、ソクラテスとプロタゴラスの激突の中身こそ、再読して考えてみたい課題に満ちているのですが、一見蛇足に見えるプロローグにまでもこうしたちゃっかりした課題が用意されているところにプラトンの周到さが見えてニヤリです。

文学的技巧としてのプロローグ

また、このような礼賛はただ課題として提示されているだけでなく、ソクラテスとプロタゴラスとのバトルが白熱の素晴らしい戦いになることを予感させます。

ソクラテスがプロタゴラスを、彼は世間で言われるほどの人間ではなかったよ、などという評価をしていた場合、彼の語るプロタゴラスとのバトルは当然のことながらくだらないものだということになってしまいます。

一方で、「最高の賢者」だと認めたうえでのバトルなのであれば、ソクラテスは劣勢に立たされた状況で戦いを挑むという胸が熱くなる展開です。

敵が強ければ強いほど、バトルは盛り上がります(^ー^)

こんな風に、構造を複雑化させている第2の袋は様々な役割を持っていることが分かりました。

では次回、もう一つの第1の袋があることによる効果やその役割について考えてみます。

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