推理小説嫌いの僕がどっぷりハマった推理小説を二編紹介します。
まずは深緑野分の『戦場のコックたち』です!
特に戦う理由のない若者達!
もう何を差し置いても、このタイトルが良いですよね!
何に付けてもシリアスになりそうな「戦場の」に、不似合いながらも妙な和み感を与える「コックたち」の組合せ。
舞台は第二次世界大戦末期のヨーロッパ西部戦線、主人公は連合軍に志願した米国人です。
戦争というと、国家とか歴史とかを背負ったり、時代に翻弄されたりするような若者が悲劇的に描かれるものです。
ところが、米国というのは不思議な国です。
ヨーロッパや日本ほどの歴史はありません。
そして、その後21世紀には中枢を攻撃されることになるものの、この第二次世界大戦の段階では本土を外国に攻撃されたことのない国でした。
広大な領土と豊かな自然・資源を持ち、既に世界最強の生産能力を誇っていた大国です。
そんな国の若者が戦争に行く理由なんて、特にありゃしないのです。
モテたいと思ってバンド始めたり、特にしたいことがあるわけでもなく大学に進学する我が国の若者達と同じくらいの体温で戦争に行くのです。
そんなわけで、物語冒頭、主人公は非常にゆるい感じで兵に志願し、訓練の日々を送って戦場に送り込まれます。
上官は「無駄なものは持って行くな」と散々言っていたけれど、誰も聞きやしなかった。
雑嚢を開けば、グラビア雑誌やトランプカード、野球のボール、家族や恋人だけじゃなくペットの犬猫の写真などなどが出てくる。
この温度の低さなので、戦争から遠くなった現代でも違和感なく共感しやすくなっています。
戦争シーンに遠慮はない
そんなゆるキャラ揃いの登場人物ですが、舞台は戦場。
また、主人公はコックなのですが基本的には兵士として戦わなければなりません。
それまで主人公視点ベースに訓練の日々が語られていて、米国の誇る兵力の規模なんかは読者には分かりにくい状態なのですが。
主人公がドイツ支配下のフランスノルマンディー上空に輸送機で運ばれいざ降下という場面になると・・・
「すげえ数の船だな・・・・・・何千隻あるんだよ?」
黒々とした虚ろで不気味な海に、おびただしい数の艦船が浮かんでいた。
暗い水平線まで切れ間なしに続く艦隊、そのすべてが、僕らと同じ方向へ航跡を引いている。その先にあるのはフランスの沿岸だ。
この暗い海と陸と空、世界そのものをチェス盤にして、無数の駒が動かされていく。そして他でもない僕自身が、駒のひとつなのだ。
圧巻の光景です。
描かれる人物たちは等身大の人間でありながら、戦場はリアリティを失わずに読者を圧倒します。
「・・・・・・僕らは、フランス人を救いに来たんだよね?」
なんていう悲痛な言葉も出てくるくらいに、容赦のない厳しい世界が怒濤の勢いで展開します。
この厳しさを、ゆるーい動機で集まったゆるーい人たちが平穏無事に過ごせるわけはなく・・・
かといって、いきなり変貌できるわけでもなく。
次々に仲間は失われ、時に窮地に追い詰められつつ。
人員・物量で勝る米国率いる連合軍は徐々にドイツ軍を追いやっていきます。
せいぜい家族と近隣住人くらいしか知らなかった通称「キッド」の主人公も、フランスを知りドイツを知りオランダを知り、成長していきます。
オマケの謎解き
そんな中でちょくちょく出てくる「謎解き」のミステリー要素はもはやオマケです。
推理小説では、謎解きがメインになって人物描写がツールと化す嫌いがあって、それが僕は好きではありませんでした。
でも「戦場のコックたち」はまず戦争という大きな背景があって、そこに生きる人間が描かれていて、謎解きはオマケです。
この案配が新鮮で面白かったです。
若干の抵抗
もっとも、綺麗にまとめすぎな感じはありました。
無抵抗なドイツ兵を主人公が撃ち殺すシーンがあって、僕は戦慄を覚えたものの、主人公はあまりそれに振り回されません。
これが兵士としての成長ということなのでしょう。
しかし、戦場が日常ではない僕にとって、この「成長」には抵抗がありました。
殺さなければ殺される。
自分も、仲間も。
主人公はあくまでも民間人と軍人は厳密に区別して、見境のない殺人には手を染めません。
殺すのは、多くの民間人を恐怖に陥れ殺してきた敵国ナチスの軍人のみでした。
とはいえ、戦場で人を殺すということが一人の人間の中でどう位置づけられ解決されるのか、はそんなに語られず描かれもしません。
こぎれいにまとめられて流されてしまった、と感じました。
それもアメリカの現状、戦場の現実なのかもしれませんが・・・(^ー^;
ちょっともの足りないというか腑に落ちなかったのは僕の平和ぼけなんでしょうかね?(^ー^;
いずれにしろ読み応えのある面白い小説であるのは間違いありません。
オススメです。