ドラクエにつめたい息という特技があり、スピッツに冷たい頬という歌があります。
不思議じゃない国のアリス
僕はどちらも表現としてとても好きです。
今回はこの「冷たい」をキーワードにしたちょっと素敵な小説に出逢いました。
沙藤 一樹「不思議じゃない国のアリス」です。
これはタイトルに惹かれて読みました。
短編集で、立ち読みでタイトル作だけしか読んでないですけど結構よかったです。
心地よい世界観
舞台は高速の交差する都会。
主人公は過去にクラスメイト全員をバスの事故で失っている、どこか喪失感と虚無感のある女。
出てくるのはどことなく儚さのある謎の少女アリス。
余計な説明を省いて文体も軽く柔らかに、淡々と物語りが進みます。
この世界観は結構心地よいです。
淡く切ない夕暮れ時の連続みたいな空間を作り出した段階で作品として成立していると思いました。
冷たい空気
で、冒頭挙げた「冷たい」は、さりげなく登場します。
アリスが主人公に、冬の冷たい空気が好き、と告げるシーンがあるのです。
僕はこういう季節を感じさせる表現が好きです!
この小説では舞台が都会ですので、その冷たさの意味も多少深みが出ています。
ここ数日、空気が一気に冬モードになって冷たい風が吹きすさんでいることですし、その感覚がリアルに蘇りました。
人を殺してはいけない理由
そして、もう一つ。
小説の前半部分、アリスが登場してすぐにとても印象的で衝撃的な記述がありました。
「人を殺してはいけない理由」を、アリスが「論理的」に語るシーンがあります。
すなわち。
- 人を殺したいと思うのは、その相手を苦しませたいからである。
- 死は、一瞬の苦しみを与えるだけである。
- 逆に、生きている限り人は苦しみ続ける。
- よって、苦しませたい人間を殺してはならない。生かしておくことこそ最大の危害を及ぼすのであるから。
だそうです・・
これ、無茶苦茶なようで結構鋭いと思うのです。
殺人はその人からあらゆる可能性を奪ってしまう非人道的で道徳に反するものだからこそ、絶対に人を殺してはならないというのが筋だと思います。
が、現実的には死が救いになる状況もあるわけで(ドクターキリコを思い浮かべると分かりやすいです)、しかも生きていることを無条件に良しとしてよいのかは、悩み出すと結構難しい問題です。
生を常に追求すべき至上命題とした場合、人間全てが死す運命にあることをどう理解すればいいのか、といった問題も生じますよね・・普通は死そのものをタブーにして混乱を回避していると思いますけど。
というわけで、謎めいた雰囲気を味わえる『不思議じゃない国のアリス』、おすすめです。