「真人間のかぶる帽子」を求める石川淳の小説「黄金伝説」に感動したので、嫁さんに帽子を買いたくなった僕の冒険譚?です。
JEANASIS
石川淳は予断を許さない作家です。
以前、歴史小説をいくつかご紹介しましたが、今読んでいる短編集はまったくテイストが異なる怪文書みたいな小説が並んでいます。
そんな石川淳ワールドにどっぷり漬かっている僕は、「黄金伝説」に出てきた三つの望みの一つ、「真人間のかぶる帽子」にいたく感動して(正確に時間を告げる時計も魅力)嫁さんに帽子を買って帰ることにしました。
小説ではハンティング帽でした。
しかし今回僕が求めるのはちょっと違う。
冬のボーナスで嫁さんにプレゼントした、茶色のバックスキンのコートに似合う漆黒のハットです。
ウィンドウショッピングで訪れたジーナシスのものが特に嫁さんに似合ってました。
が、ちょっと高かったのと、ちょっと幅広で流行を取り入れちゃってたところが引っかかって、買わずじまいでした。
しかし僕個人の見解としては、この冬嫁さんが頭に乗せたあらゆる帽子のなかで一番似合っていて格好良かった逸品でした。
震える脚
勤務先の近くにマルイがあったので、いざ出陣です。
スーツ姿のおっさんが、女性向けブランドのフロアを一人でうろつくのには勇気がいります。
僕は脇目もふらずに、真っ直ぐと目当てのブランドのお店を目指しました。
そこには数人の女性客がゆったりと買い物を楽しんでいて、怯んだら負けだと僕は自分を奮い立たせました。
近づくにつれて狙っていた帽子がまだしっかりと陳列されていることを確認、あとはそれをレジまで運ぶだけです。
周囲にある別ブランド・・・の店員の眼光の鋭さです。
一歩テリトリーに踏み込もうものなら、購入するまで意地でも離さない。そんな意気込みが感じられる中、僕はなんとかしてJEANASISまでたどり着きました。
店員に声かけされる前に
店員と会話なんて絶対無理な僕は、まずその陳列されている帽子が間違いなく目的の帽子であるのか、そして値段はどうかだけを素早く確かめました。
ゆらり、と店員の一人がこちらに傾く動作を感じ、焦りが募りました。
値段は・・・以前見たのと同じ。
デザインは、文句なしに格好いい、そして色も。
僕はすぐにそれを持って、レジへと駆けました。
僕に狙いを定めかけていた店員は、にこりと会釈して脇の避けました。
「明るい色のコートには」
なんとかレジに帽子を置くと、今度は店員からのポイントカード攻めです。
マルイのカードはあるか・・・ブランドのネット会員はどうか・・・
怯んだら負けです。
「嫁さんが持ってると思うので、大丈夫です。」
頑なにそれだけしか言いませんでした。
ふと、僕は、「明るいコートには黒と紺だとどっちが似合いますか」と聞きました。
攻撃は最大の防御だと言わんばかりに。
どっちもいいと思いますよ、と笑顔で返され、でも濃い黒がいいでしょうね、と言われました。
ビニールのカバーをしてもらい、品物を結構格好いい紙袋に入れてもらったところで僕も漸く息が付けました。
店員はレジから出てきて僕の横に立ち、恭しく品物を渡してくれました。
僕は悠然とその場を立ち去り、マルイに入ってからの緊張から解放されました。
体内の血が活溌にめぐりはじめ、筋肉が盛りあがって、悪寒がやみ、手足たしかに、呼吸ととのい、からだぐあいがたちまち順調に復して来た。
黄金伝説の一節が思い出されました。
この帽子をかぶってもらって、週末は嫁さんと散歩に行こう。