電子書籍デビューは「黒い家」の僕が次に手に取ったのは、「夜は短し歩けよ乙女」。
幻惑の世界へ
ホラーとは真逆の、魅惑の幻想世界です。
ただの偶然なのですが、舞台はどちらも京都だったりします。
最初の章では先斗町(この字で読みは“ぽんとちょう”、すごいでしょう?)が出てきます。
京都の中でも異世界感を味わえる領域はいくつもありますが、先斗町は祇園と並んで独特な空気に満ちた空間だと思います。
石畳の狭い小道の両脇に一見さんお断りっぽいお店がギッシリひしめき合っている、松方弘樹とかが歩いたら似合いそうなゾーンです。
東京だとゴールデン街が空気的に近いかもしれません。
僕は先斗町で一度だけ、友達のお母さんに招かれて食事したことがありますし、よーじやがあったりしてお土産を買いに立ち寄ったこともあります。
先斗町に行ったことのない方は、是非一度画像検索等でその空気を見てみてください。
得体の知れない不思議さを感じてもらえたら、よりこの小説世界に入りやすいと思います。
女の子のかわいさとは
この小説には、超をいくつつけても足りなさそうなかわいい女の子が登場します。
で、そのかわいさが中々にへんてこりんで一筋縄ではいかないのです。
その子の見た目に関しては、あまり記述がなかったように思います。
この小説では、主人公らしき男子大学生と、彼が目を付けてあわよくば、あるいはいつの日かはおつきあいしたいともくろむ同じ大学の女子学生が交互にその日の出来事について語ります。
男子学生は最初からその子に一目惚れしているので、その子の何が魅力なのかは初めはわかりません。
けれども読者は、語り手が彼女にバトンタッチされるやいなや、その独特な語り口、個性豊かなこだわり、純粋きわまりない思考形態に魅せられます。
そもそものきっかけは、木屋町の西洋料理店で開かれた結婚祝いにて、お皿の隅に転がっていた蝸牛の殻でした。
私はじいっとその渦巻きを眺めながら、「お酒飲みたい」と熱烈に思ったのです。
残念ながら、その抑えがたい欲求と蝸牛の因果関係については明らかになっていません。
どうでしょう、この不思議ちゃんっぷり!
この子は美少女というよりは、得体の知れない新種の生態として描かれているように思います。
木屋町は先斗町の1本隣の通り。
彼女はそこから、「次の一杯」を求めて夜の街を彷徨うのです。
女子大生が一人で夜の街を出歩くなんて、いくら日本とはいえ危なっかしいと思うことでしょう。
でも大丈夫、彼女には武器があるのです。
それは小さい頃に、彼女の姉が「美しく調和のある人生」のために伝授した「おともだちパンチ」です。
美しく調和のある人生。
その言葉がいたく彼女の心を打った。 それゆえに、彼女は「おともだちパンチ」という奥の手を持つ。
このパンチ、本当は愛に満ちたやさしいパンチのはずなのですが…彼女がこの奥の手を披露したときのその威力やいかに?!
おともだちパンチについては大分序盤で語られるのですが、彼女はなかなかそのパンチを使いません。
夜の街を渡り歩く無力に思われる彼女にひやひやしつつ、いつ奥の手を使うのか手に汗握ってページを繰りましょう。
魔力みなぎる内面描写
最初は木屋町の一杯300円のバーでラムのカクテルを次々に飲み干していきます。
彼女はラムが大好きみたいで、その愛し方がまた面白い。
私は太平洋の海水がラムであればよいのにと思うぐらいラムを愛しております。
もちろんラム酒をそのまま一壜、朝の牛乳を飲むように腰に手をあてて飲み干してもよいのですが、そういうささやかな夢は心の宝石箱へしまっておくのが慎みというもの。
美しく調和のある人生とは、そうした何気ない慎ましさを抜かしては成り立たぬものであろうと思われます。
また出ました「美しく調和のある人生」。
姉の教えを守る純粋さと平行して愛するお酒をラッパ飲みしたい欲求が描かれています。
やっぱりこの子は予測不可能…未知の生物種のようです。
そしてこの未知の生物っぷりが、どんどんツボになっていって何故か僕たちはこの子に惚れていきます。
僕がズドンとやられたのは、その最初のバーでおっさんに声をかけられたときの彼女の内面の呟きです。
「ねえ君、なにか悩みごとでもあるんじゃないの。そうだろう」
私にはとっさに言い返す言葉もありません。なぜなら悩みがないからです。
ピュアだー(^-^)
一点の曇りもない、澄み切った心の持ち主らしいです。
覇権争いやら自分磨きやらセルフブランディングやらで忙しい世の一般女子大生とはかけ離れた感じです。
彼女は自分の見た目について、「炊飯器よりも面白みに欠ける」という謎の表現をしています。
なので、恐らくは化粧薄めで髪型も服装もシンプルなのではないかと思います。
瞳がくりくりしてつぶらだとか、ほっぺがぷっくりだとか、美少女を形容する言葉はほとんど使われません。
ここまで一部引用したように、謎の思考が明かされるだけです。
なのに、とにかくかわいいのだからこの子のかわいさはまさしく小説の魔力といって良いと思います。
秘酒:偽電気ブラン
いきなり声をかけてきたおっさんは、おっさんらしく人生について語りだすのですが、秘密のお酒についても教えてくれます。
それが、偽電気ブランです。
偽って(^-^;
電気ブランだけでも何じゃそりゃって名前なのに、そこにさらに「偽」が付いている不可解さが面白いです。
この偽電気ブランの説明がまた傑作なのです。
電気ブランは実在する浅草の有名なお酒だそうです。
電気ブランの製法は門外不出だったが、京都中央電話局の職員がその味を再現しようと企てた。
試行錯誤の末、袋小路のどん詰まりで奇蹟のように発明されたのが、偽電気ブランだ。
電話局の職員が再現ですよ(^-^)
面白すぎでしょう。
彼女は電気で作られたお酒かもしれない、と妄想を膨らませて心の中で呟きます。
電気でお酒を作るなんて、いったい誰がそんなオモチロイことを思いついたのでしょう。
オモチロイ(^-^;
彼女の口癖らしいです。
これ、やり過ぎると鬱陶しいですがここまで何度か引用したように基本的に彼女はこういう変な言い回しはしないので許せます。
ってか、不意打ち過ぎて吹きます。
さて、この偽電気ブランは李白という先斗町に出没する老人が持っていることがおっさんから明かされます。
李白ですよ、李白。
杜甫と並ぶ、唐代の詩人最高峰の一人と同じ名前です。
李白と言えば、酒ですよね(^-^)
両人対酌すれば 山花開く
一杯一杯また一杯
我酔いて眠らんと欲す きみしばらく去れ
明朝 意あらば 琴を抱きて来たれ
(山中にて幽人と対酌す )
すごい飲みっぷりの人な予感です(^-^)
李白と偽電気ブランは最初の章のクライマックスで出てきます。
ザッピングストーム
ザッピングシステムって最近はあるでしょうか。
僕が高校生だったとき、セガサターンで「イブバーストエラー」という、エロゲの移植版がリリースされました。
このゲームはザッピングシステムというのを取り入れたのが売りで、二人の主人公が別々にある事件に関わっていって、一方がしたことによってもう一方が影響を受けるという仕組みになっていました。
二人の異なる人間の視点を取り入れることで、物語は重層的になり、またゲームとしての攻略についてもトリッキーで面白いものとなっていました。
この小説では、そのザッピングがカマされまくります(^-^)
女の子パートでの諸々が、男の子パートでも出てきて女の子パートでは唐突かつ不自然に思われたものが、男の子パートでああそういうことだったのかと明らかになっていくのです。
例えば、女の子が先斗町を歩いていると突然目の前に林檎が落ちてきます。
石畳の狭い街路に、林檎が落ちてくるって??
よく見るとそれは林檎では無く達磨でした。
しかしいずれにしろ不可解です。
その謎は、男の子パートの方で明らかにされてなるほどね、と納得いく仕組みになっています。
こういうのが、そこら中に出てきてバラバラに見えていた出来事の諸々がだんだん繋がりをもっていくのです。
ミステリみたいに頭を使う必要はあまりありません。
出てくるものを順に追っていくだけで十分楽しめます。
命短し、読んでから死ね!
というわけで、読みどころ満載かわいさ満載のオモチロイ小説、夜は短し歩けよ乙女。
このタイトル、元ネタは命短し…ですよね?
命は短い、人生は一度きりなんだから恋を楽しめ女の子、みたいな。
命が短く儚いものだとするなら、この小説を読まずに死ぬのは勿体なさ過ぎます。
電子書籍として常に持ち歩いて、ふとした拍子には再読してみてる、そんな愛読書になりました(^-^)
これはお勧めです。