なんとも不思議で即座には解釈できない。
でもところどころ入るハンドクラップや軽やかなエンディングから、どこか楽しげな空気もあるこの歌のことがもっと知りたくなりました。
それでグーグル先生に聞いてみたんですけど、なに?
君、についての考察ばかり。
こんなにも魅力的な歌詞を前に、何人間考察みたいな気持ち悪いことやってるんすか。
もっと味わおうよ、この匂い立つ夏を!
と、わけもなくヤケになってこの記事を書いてマフ。
造り手のインタビューでこんな下りがありました。
今回のアルバムにはもう1つ、たぶん言わないと気付かないであろう共通したコンセプトがありまして。
文学感と言うか、僕は近代の歌人・俳人が好きなのでそこからの引用を入れているんですよ。例えば「爆弾魔」の「青春の全部に散れば咲け 散れば咲けよ百日紅」という歌詞は加賀千代女っていう江戸時代の歌人の作品からの引用。
「ただ君に晴れ」には正岡子規の「絶えず人 いこふ夏野の 石一つ」という俳句を引用した、2番サビ前の「絶えず君のいこふ」というフレーズがあります。
たぶん言わないと気付かないであろう共通したコンセプトがありまして
とりあえず、正岡子規は『人』を歌ったんですかね?
詳しくないので無責任ですけど、メインテーマが人だったわけではない気がします。
『ただ君に晴れ』に引用された俳句も、人間が関わってはいますが、メインは石でしょう?
そんな俳句を裏テーマにしといて、人を歌うかなあ?
それに、歌詞のほとんどは圧倒的に夏の描写に割かれています。
それがこの歌の魅力なので「君」がどんな人だったかとか、言われてもいない僕との関係性なんかに惑わされずに、ただ夏の情景を浴びるように味わいましょう。
文学感とのつながりでいうと、ユスラウメ(山桜桃)なんてのも面白いです。
僕はこの花知りませんでしたが、櫻という字がもともと指していた花のことだとか、調べるとよりこの歌が好きになるみたいなまさに文学体験ができます。
追記。ユスラウメは晩春に花を咲かせ、6月にさくらんぼみたいな実がなるそうですので、季節を考えると花より赤い実が見えてるのかも。
個人的には、ですが、『ただ君に晴れ』はこうやって夏の表現にどっぷり浸って五感を持って楽しむもの。
君にまつわる情緒もそのためにこそある?なんて言いすぎでしょうか。
よくわからない『君』を歌った歌は腐るほどありますが、季節や言葉そのもので遊べる・楽しめる歌は、残念ながらJ-POPにはそんなにありません。
伝統的に日本人が古くから親しんできたものではあると思いますが。
って、だけ。