男に生まれて困ったことの一つに、気軽にクレープを食べられないことがある。
クレープ屋のハードル
女性であれば、そこそこ歳行っててもクレープを注文するのはさほど不自然ではないだろう。
なので、女性の方には分かりにくいかもしれない。
男にとってクレープ屋に行くのは非常に高いハードルなのだ。
彼女や女友達に恵まれていれば、また事情は変わってくるかもしれないが…
制服をばっちり着こなした女子高生に混じって、鈍くさいおっさんがどうしてクレープを待って並ぶことが出来るだろう?!
かくいう自分も、今まで何度も「食べたかったクレープ」を泣く泣く我慢してきた経験を持つ男の一人である。
天の恵み
さて、そんな僕に天は救いの手を差し伸べた。
場所は東京市部、中央線のとある駅前。
所用があって晩の9時頃立ち寄ったヨーカドーで、クレープ屋を見つけた。
時間帯のせいか、周りには全然客がいなかった。
そこで、僕は店員の死角からメニュー表をのぞき見た。
そんなに高くない。チョコバナナ生クリームが400円。
店員は一人。ややぽちゃだが、感じの良い若い女性店員がのんびり売り場のメンテをしていた。
注文してみようか…
しかしやはりメニューを口に出すのが憚られて一歩が踏み出せなかった。
そしてふと、メニュー表近辺を見上げたときだ。
そこにはあったのだ。
天が差し伸べた、救いの手が。
なんとそのクレープ屋は、券売機制度だったのだ。
購入
これで女子っぽいメニューを口に出すという責め苦から解放された。
もはや僕に、迷いはなかった。チョコバナナ生クリームのチケットを買い、それをレジで店員の女子に料金とともに渡すだけで良かった。
店員はすてきな笑顔で、「少々お待ちくださーい!」といって生地の準備を始めた。
他に客はいないし、人通りもほとんど無い。
僕は悠然と、テーブルに着いた。
さすがクレープ屋。
女の子っぽい手書きの字で書かれたおすすめメニュー、注意書きなどのポップがカラフルだ。
この時間帯でなければ2秒と居られないだろう。
僕は静かな待ち時間のひとときを満喫した。
やがてクレープは完成し、僕の手元に届けられた。
スライスされたバナナがいくつも飛び出す、豪勢なものだった。
一口二口と食べ進め、あまりのうまさに感激した。
クレープ屋に寄れないとはいえ、クレープは食べたかった僕は、今まで何度もコンビニやスーパーで売っている100円~数百円の大量生産クレープを食べてきたが、そのどれもがこのクレープより遙かに劣っていた。
スウィートドリーム
やはり、手作りは違う。
素材に関して、特にいいものを使っているわけではないだろうに、できたてはここまで違うかと僕はため息をもらした。
バナナの食感が生き生きしていて、生クリームはしつこすぎない甘みとふんわりした柔らかさで僕をいやした。
さらにはちょっとビターなチョコレートソースがこれらに鋭く絡み、全体を包む生地のほのかな香ばしさがすべてを統合していた。
うまかった。
非常にうまかった。
一口一口味わいつつ、しかしガシガシと僕はクレープを食べ、完食した。
恥じらいもなくお冷やをもらい、甘みで満たされた口内を軽くゆすいだ。
とてつもない満足が僕を満たした。
こんなのはPerfumeのDVDを見て以来かもしれない。
見ると、僕以外にも男性の客がまばらにだが訪れてクレープを買っていってた。
もしかしたらここは、クレープを愛する男性たちにとっての大切な場所なのかもしれない。
僕は席を立ち、仕込みをしている店員さんに向かって「ごちそうさま、美味しかったです」と伝えた。
彼女はこちらを振り向き、とてもいい笑顔を見せてくれた。